イマココの短歌が好きです。
例えば、永井祐『日本の中でたのしく暮らす』のこの歌に、私はイマココを感じます。
わたしは別におしゃれではなく写メールで地元を撮ったりして暮らしてる
永井祐
なんといっても「写メール」です。もう「写メール」なんて言わなくなりましたね。新しい言葉を使えばそれだけ古くなるのも早い、とはよくいったもので「写メール」はもう古い。けど、永井は、この歌を詠んだ往時(といっても数年前ですが)、自分の今であり此処の場というものをどうしても詠いたかったのだと思います。「写メール」というワードの賞味期限が短いことは、永井もわかっている。けれど、短くとも永井は自分のイマココを「写メール」に託した。この歌には、そんなはかなさがあります。そのはかなさゆえに、私はこの歌がいとおしく感じます。
堀合昇平『提案前夜』にも、こうしたイマココのワードがあふれています。「ダメだし」「iPhone4S」「プリウス」…。そして、これら名詞群に混じって、こんな歌もあります。
劣化したアイドルみたいな顔のまま新品まみれの街をゆこうか
堀合昇平
私は、「劣化した」にイマココを感じます。
若くてキレイだった女性が、加齢やスキャンダルで、一時のような輝きがなくなっていくことを、最近は「劣化」と言ったりします。こんな言葉の使い方、完全に人を見下したヒドい用法なんですが、使っている側はというと、さほど侮蔑している風でもなく、ごく普通に使っちゃっているところにイマココの臭いがします。そういうイヤな感じを堀合は自嘲気味に歌にしたのです。人に対して「劣化した」と使うのは誤用ですから、おそらく数年もすれば言わなくなるでしょう。ですので、この歌もイマココでしか輝かない、一過性の歌なのです。
なんて、私の言っている「イマココ」なんていうワード自体、そろそろ賞味期限ですね。来年の今ごろはこんな胡散臭いワード誰も使ってないんじゃないかしらね。
2014年「短歌人」5月号所収