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「歌のある生活」8国語教科書のなかの歌④

 中学校の国語教科書に載っている短歌作品を紹介していますが、いよいよ近代短歌のスーパースター石川啄木の登場です。

 

不来方のお城の草に寝ころびて/空に吸はれし/十五の心        石川啄木

 啄木を中学生に紹介するなら、この一首で決まりでしょう。

 一読、かっこいいですよね。

 このかっこよさを中学生に伝えたいのですが、さて、どうやって伝えましょう。

 歌の意味はさほど難解ではありませんので、中学生でも理解できるでしょう。各々の感性で鑑賞できると思います。

 けれど、せっかくですので、この短歌の技巧的なかっこよさを伝えたい。「ここのところ、かっこいいね」だけでは、何のことだがわかりませんので、なんとか理屈をつけて伝えなくてはいけません。

 上句は、まあ、そんなにかっこいいわけではないですね。ここに短歌の技法は施されていません。技巧的にかっこいいのは、何と言っても下句です。「空に吸はれし」と「十五の心」です。これが、かっこいいのです。

「空に吸はれし」のポイントは二つです。一つは、擬人法です。空に吸われる、というのは表現として常套な感じもしますが、定型にハマっているだけに、巧い擬人法と思えてしまう。そして、もう一つは「し」。今の言葉でいえば「た」。「吸はれし」と「吸われた」では、まったく語感が違う。そんな文語の文体のかっこよさを伝えたいですね。

 結句「十五の心」は、体言止め。体言止めがどうしてかっこいいのかと言えば、それは止めることで生まれる余韻。「十五の心」でプツリと終わることで生まれる余韻を味わってもらう。

 と、私が今、思いつくままにダラダラと言ったことを、実際の授業では、国語教師が理路整然と説明するのだと思います。

 次の歌に移ります。

 

街をゆき子供の傍を通る時蜜柑の香せり冬がまた来る          木下利玄

 この歌からは、短歌の技法として区切れを教えたい。

 中学生にとっては、この区切れの理解が難しいようです。どこで切れるのかが、どうもわからない。ですので、せめて教科書に載せる歌はわかりやすいものにしたいというのが、編者の意図でもあるでしょう。そこで、わかりやすい利玄の歌をここに持ってきたといえます。四句切れの名歌です。

 ちなみに、前回紹介した、若山牧水の「白鳥は…」も区切れのある歌ですが、何句切れかわかりますか。そうですね、「白鳥はかなしからずや」で切れますので二句切れです。

 さてさて、擬人法や体言止め、区切れを学習したところで、次にいきます。次は、女流歌人の登場です。

 

桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり      岡本かの子

 岡本かの子の代表歌です。

 この歌で、字余りが登場しました。「いのち一ぱいに」のところです。ちっちゃい「っ」も一音とカウントします。けれどこの歌については、そんな技巧的なことよりも、二つの「いのち」の言葉の強さをしっかり味わってほしい。短詩ならではの迫力を受け止めてほしい、と私は思います。

 教科書には、こんな強い歌も載っているのです。中学生向けといってもあなどれません。

 

「かぎろひ」2014年9月号所収