読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「歌のある生活」国語教科書のなかの歌⑦

 前回まで、教科書のなかの歌を皆さんと見てきました。今回は、その番外編といった感じで、私の教科書の思い出について、おしゃべりしたいと思います。

 私が中学生だったとき、教科書でこの作品に出会いました。

 みちのくの母のいのちを一目見む一目見むとぞいそぐなりけれ      齋藤茂吉

 死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天にきこゆる

 のど赤き玄鳥ふたつ梁にゐて足乳根の母は死にたまふなり

 齋藤茂吉「死にたまふ母」の一連からの三首です。私は、この歳になってもまだ教科書に載っていたこの三首を覚えています。

 別段、その当時の私は、短歌に興味のあった早熟な少年だったわけではなく、ごく普通の中学生でした。まさか、こんな歳になって短歌を詠むなんて、当時の私にはまったく想像もしていなかったことでしょう。ですので、私は、当時さほど短歌に関心があったわけではなかったのですが、こうして今でも教科書に茂吉の作品が載っていたことを覚えているのです。この私の経験から、私は、教科書にどの作品を載せるのかというのは、とても重要なことだと思うのです。なぜなら、ずっと、生徒の記憶に残るものなのですから。

 では、どの作品を載せるべきか。というと、大前提として、近代現代を代表する歌人の作品を載せる。そのうえで、できるなら、その歌人の代表歌を載せるべきだと思います。

 私の場合は、斎藤茂吉でした。茂吉には膨大な作品がありますが、この「死にたまふ母」もまた茂吉の代表作であることに異論はないと思います。ですので、私は短歌とよい出会いをしたと思っています。

 ところで、学校では、教科書のほかにも、短歌作品に出会うことがあります。私の場合は、国語の資料集からでした。そこにも、いくつか現代短歌が資料として載っており、それらの作品が私の記憶に残っています。たとえば、こんな歌が資料集には載っていました。

 たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか 河野裕子

 この歌は、なかなか印象的でした。へんてこりんな歌だなあという感じでしょうか。ガサッが、あまりに直截で、それが記憶に残ったのですね。これが、河野の代表作であり、現代短歌の代表作と知るのは、もちろんずーっと後のことです。今となっては、ガサッもそうですが、初句の「たとへば君」が斬新だなあ、という感想をもちます。

 もう一つ。資料集には、塚本邦雄の作品がありました。

 日本脱出したし 皇帝ペンギン皇帝ペンギン飼育係りも        塚本邦雄

 これ、中学生にはさっぱり意味がわからない。で、資料集にある解説を読んでみました。だいたい、次のような解説でした。

皇帝ペンギンは、日本を脱出したいと思っている。そして、飼育係もまた脱出したいと思っている」

 うーん、そうか? 中学生の私は、この解説文は、どうも違うのではないかと直感的に思っていました。今、あの時の私の感覚は正しかったと思います。

 やはり、この解説は変ですよね。現代短歌の最前線を載せるにせよ、解説文を書く編集者も腕組みしてしまうような作品は、載せないほうがいいでしょうね。

 

「かぎろひ」2015年3月号所収