「歌のある生活」23「音楽」の歌その10

 

 音楽を題材にした短歌についておしゃべりしていますが、これまではクラシック音楽ばかりを取り上げてきました。けれど、短歌に詠われている音楽は何もクラシックばかりではなく、邦楽や洋楽の流行歌いわゆるポピュラー音楽も当然ながらありましょう。そこで、今回からしばらくは、そうした音楽を題材にした歌を皆さんと鑑賞することにします。

 ポピュラー音楽を題材にした短歌作品について、はじめに結論めいたことをいうなら「音楽は短歌の題材として詠われているけど、主題たりえていないではないか」と考えます。   

 これまでみてきたクラシック音楽と比べて、ポピュラー音楽というのは、音楽そのものを詠うのが難しい。なぜなら、その音楽なり演奏家なりがわからないと、読者の共感性を得るのが難しいからです。そのため、作品の多くは、社会風俗などが主題となっており、音楽はそうした主題の添え物に過ぎないのではないか、というのが私の主張です。

 この曲と決めて海岸沿いの道とばす君なり「ホテルカリフォルニア」

 空前のベストセラー、俵万智『サラダ記念日』の巻頭を飾った一首です。

 ここではイーグルスの「ホテルカリフォルニア」が詠われています。曲名知らなくても誰もが一度は耳にしたことのある有名な洋楽です。作者はボーイフレンドとドライブをしています。「この曲と決めて」といっていますので、もしかしたら初デートなのかもしれません。相手の男の子は、気合いをいれてカーステレオで彼女と聴く曲をセレクトしたわけです(当時はカセットテープ!)が、そのあたりのことも、助手席の彼女はお見通しなわけです。そんな二人だけの車中に流れているのが「ホテルカリフォルニア」。

 この結句は、なかなか考えられています。これ、みんなが知っている曲名じゃないと決まらないし、かといって邦楽じゃあちょいとサマにならない。もちろん韻律にも気を配らなくちゃいけない。そこで「ホテルカリフォルニア」。このあたり作者のセンスが問われるわけですが、うまくハマったといえましょう。

 でも…。これ、動かないかというと、そんなこともないと思うわけです。つまり、イーグルスのこの曲じゃなくちゃいけないわけではない。別に、クイーンでもボブ・デュランでも、洋楽で通俗曲で韻律が整えば、他のアーティストの曲でもいいわけです。

 そうすると、これはイーグルスのヒット曲をうたいたかったわけじゃない。そうじゃなくて、プレバブル期の若者の風俗や恋愛が主題としてあって、そこに海岸沿いのドライブという設定の添え物として、流行歌をうまくのっけた、というわけです。

 では「ホテルカリフォルニア」そのものを詠うとすると、どんな歌になるか。『サラダ記念日』より五年後、一九九二年出版の藤原龍一郎『東京哀傷歌』より。ただし、レコードの表紙写真をうたっています。

 イーグルス・「ホテルカリフォルニア」のジャケットの心霊の群れの一人かわれも

 こうなると、俵の歌よりも、鑑賞の幅がかなり狭まるのがわかるかと思います。

 何といってもジャケット写真がわからないと味わいようがない。けど、そうなると読者はかなり限定される。じゃあ、せめて曲を知っていたら、まだ何となく理解できるかもしれません。けど、曲名もピンとこなかったら、もうワカナライ、お手上げの歌となります。

 流行を詠うのは、なかなか難しいのです。

(「かぎろひ」2017年3月号所収)