「歌のある生活」29「音楽」の歌その16

 前回の続きです。流行歌の歌詞を一首に挿入した作品を鑑賞します。前回は茂吉を紹介しましたが、今回はグッと最近の作品から。

 懐かしのヒーローアニメ主題歌の「♪だけど」の後が沁みる夜更けぞ

                     笹公人『叙情の奇妙な冒険』

 

 笹公人です。ここでは、「あしたのジョー」の主題歌の歌詞の一部が詠われています。ただし「あしたのジョー」とそのまま詠んだら抒情性が台無しになるので「懐かしのヒーローアニメ」なんていう、持ってまわった詠い方をしています。

 で、「だけど」。ここが歌詞の引用になります。この後は、「ルルルルー」とスキャットになりますので、これが沁みると詠うわけです。ですので、ただ流行歌の歌詞を引用しているわけではなくて、ひとひねりしています。

 今回、歌詞を短歌作品に挿入している歌として、笹公人ならいろいろあるんじゃないかと目星をつけて歌集を読み直してみましたが、意外なことに、この一首しか見つけられませんでした。

 そうして思ったのは、やはり、歌詞を挿入した短歌というのは、ともすると、他人のフンドシで相撲をとっている感が強く、ヘタすると剽窃、せいぜいはパロディということで、なかなかうまくはいかないのではないか、とうことです。

 もともと三十一音という少ない音数の中に、他人の歌詞を挿入しても、なかなか上質な効果を得るのは難しいといえます。なので、どうしても、アイディア勝負の感じで終わってしまうのではないでしょうか。

 ただ、前回取り上げた斎藤茂吉の歌、「鼠の巣片づけながらいふこゑは『ああそれなのにそれなのにねえ』」などは、嘱目詠ならぬ、ショクミミ詠とでもいえるもので、聴こえてきた音楽をそのまま歌にした、といえなくもありません。こうした短歌作品が、もっとあってもいいのではないかと思うのですが、目にしたものを即興的に歌にするのとは違って、聴こえてきた音楽をそのまま詠んで一首として成立させるというのは、なかなか難しいことなのでしょう。そんなことを思うと、音楽の歌というのは、まだまだ開拓の余地のあるテーマといえるのではないでしょうか。

 もう一首、歌詞を詠み込んだ作品を鑑賞しましょう。こちらもアイディア勝負の楽しい歌です。

 声だけが通り過ぎゆく雪(ゆーき)のふる街を雪(ゆーき)のふる街を  

                        小島ゆかり『獅子座流星群』

 中田喜直作曲の「雪の降る街を」です。地元旭川の私たちにはなじみある歌ですので、嬉しい気持ちになります。

 初句からの「声だけが通り過ぎゆく」は「想い出だけが通り過ぎてゆく」の歌詞のパロディです。で、三句目から、読者のミミオクにはメロディが歌詞ともに聴こえてくるのです。さあ、聴こえてきたでことでしょう?「ゆーきのふるまちをー」のリフレインが…。

 ここで楽しいのは、ルビです。「ゆき」ではなくて「ゆーき」です。つまり、「雪の降る街を」の部分はちゃんとフシをつけて歌ってねといっているのです。「ゆーきのふるまちをー」と。ですので、この作品は「メロディ」プラス「リズム」を詠った合わせ技の作品といえるかもしれません。

 「メロディ」の歌は、ここまで。

 次回は、いよいよおしまいの「ハーモニー」を詠った作品のいくつかを、皆さんと鑑賞したいと思います。

 

「かぎろひ」(2018年3月号)所収