「歌のある生活」30「音楽」の歌その17

 音楽の歌、「リズム」「メロディ」ときて、今回は「ハーモニー」です。これは、これまでの「リズム」「メロディ」よりも詠うのが格段に難しい。なぜなら、ミミオクでハーモニーを響かせるのは、読者にも作者にもそれなりの音感が必要とされるからです。ですので、作者もおいそれと題材にはしにくいという事情がうかがえます。

 それでも果敢に挑戦している歌としては、こんなのがあります。

 

 脳天へ叩き込まれる三和音、冬はじめてのオリオン星座 

                          杉﨑恒夫『食卓の音楽』

 

 三和音(さんわおん、と読みます)、まさしくハーモニーです。こういう詠い方なら、なんとか読者も受け取ってくれるだろうということでしょうか。

 冬の夜、オリオン星座を見て、われの脳天にハーモニーが叩き込まれたというわけです。冬の寒さをハーモニーでたとえたのがこの歌のユニークなところなわけですが、どうでしょう、読者である私たちは、果たして共感できるでしょうか。

 三和音(これは、おそらく主和音の響きなのでしょう)が脳天に叩き込まれる感覚というのは、これは巧いところを持って来たなという感じがします。ただし、調性音楽で、主和音が他の和音より強く響くのは、当たり前といえば当たり前なのではありますが。

 次の作品は、こんな響きです。

 

 君が手をあてれば響くオルガンになりたい群青色の一日(ひとひ)を

                          早川志織『種の起源

 

 オルガンです。君に手をあてられると響くオルガンに私はなりたい、というのがなんともチャーミングです。ただし、これ、鳴っているのはハーモニーではなく、単音かもしれない。けど、このオルガンは、倍音が幾重にも響いていて、深い深い音色になって いるに違いありません。

 最後に、この一首を。

 空いちめんEm7のひびきにて桜花咲きそむ満月の下  

                          『墓地裏の花屋』仙波龍英

 

 Em7は、イーマイナーセブンスと読みます。コードネームと呼ばれる和音記号の一種です。

 季節は春、桜が咲いている満月の夜空に、Em7のハーモニーが響いているというわけです。

 こうなると、そのEm7なるハーモニーがミミオクで響かないと、この歌の鑑賞ができないということになりますが、まあ、ここは歌意はさておき、こうしたコードネームを短歌に詠みこんだ、現代的でスタイリッシュな一首としてとらえるのがいいでしょう。

 たぶん、短歌でコードネームが詠われたのも、この作品がはじめてだと思いますし、そのアイデアはじゅうぶん成功しているとも思います。

 ですので、これはこれで秀歌といえるのですが、欲目をいえばマイナーセブンスなのが、ちょいと惜しい。ここは、マイナーセブンスじゃなくて、メジャーセブンスの響きのほうがより大衆的で都会的だったと思います。

 で、ここから先は、私の勝手な推測になるのですが、仙波もメジャーセブンスの響きを詠いたかったんじゃないか。ただそうなると、字面に難がでる。イーメジャーセブンスの表記は、Emaj7となるので、視覚的にうっとうしい。そこで、字面を優先させて、泣く泣くEm7と詠んだのではないか、というのが私の推測です。どうでしょうかね。

 以上、十七回にわたっておしゃべりしてきました音楽の歌の話もこれでお終いです。

 

「かぎろひ」2018年5月号所収