短歌の「リアル」⑨

 <リアルの構造>について、かなりダラダラと議論したので、今回で、一旦まとめておきたい。

 短歌を読んで、ああ、これは本当のことを詠っているに違いない、と読み手が実感するためには、その短歌に何らかの<リアリティ>を担保するための仕掛けが必要。では、そんな<リアルの構造>といったものは、何なのだろうか、ということを、これまでいろいろ議論した。

 議論から、どうやら「具体的」で「小さな違和感」といったものが、一首のなかに詠われると、<リアリティ>が担保され、もうひとつ、「時間の経過」が分かると同様に<リアリティ>が担保される、というところまで議論した。

 では、なぜ短歌にはそもそも<リアリティ>が必要なのか。

 この点を議論して、ここまでのまとめとしよう。

 

 そもそも短歌には<リアリティ>が必要なのか。

 別になくたっていいじゃないか、という主張は成り立つだろう。

 だって、古典和歌は<リアリティ>を担保して詠んではいない。というか、<リアリティ>という概念がなかったからそれはそうなんだけど、古典和歌は、いかに巧い修辞を施すか、ということが秀歌の指標だったろう。掛詞、縁語、序詞、枕詞といった修辞技法を駆使して作歌できること、また、本歌取りの手法によって古典和歌や漢籍の部分を一首にとり込めること、なんていう一定以上の階級に属するものの素養として古典和歌があった。

 そうした古典和歌の特質をそのままに近代短歌でも詠えばよいのではないか、という主張は成り立つだろう。

 しかし、「近代短歌」はそうはならなかった。

 そうならなかった理由はいろいろあるけれど、そのひとつとして、正岡子規にはじまるアララギ系が短歌史の本流となったということをあげても、大きな間違いではないはずだ。

 これは、ニワトリと卵になってしまうが、子規によって「近代短歌」という短歌史の本流が成立してしまった以上、短歌は「リアル」を追求したのだし、「リアル」を追求したから「近代短歌」は成立したともいえるのだ。

 もし、正岡子規アララギの系譜じゃなくて、例えば、御歌所派とか、別の耽美的・浪漫的な流派とかが短歌の世界の主流になったのなら、ここまでリアルにこだわることはなかったのではないか、とも思う。あるいは、いわゆる「近代文学」、そのなかでも自然主義文学と距離をおいておいたなら、俳句的なわびさびで短歌形式を愉しめたかもしれないのだ。

 それはともかく、そうした写実的リアリズムが近代の短歌史の本流を牽引したからこそ、現在でもなお、短歌は<リアリティ>を追求するのがごくごく当然の前提として、そして<リアル>が作品の評価軸となっているのだ。それは、今後、口語短歌が全盛になったとしても、おいそれとは変わらないだろう。

 例えば、2年ほど前に、短歌の世界では「基本的歌権」というワードが議論になったことがある。けど、これも、要するに短歌の<リアリティ>についての議論だった、ということが、今にしてわかる。

 すなわち、従来の<リアリティ>という評価軸で作品を批評することへの異議申し立てが、「人権」ならぬ「歌権」という表現で提出されたのだ。

 ことの顛末は、こうだ。

 穂村弘は、佐々木朔の<消えさった予知能力を追いかけて埠頭のさきに鍵をひろった>の一首をパッと見た瞬間、これはレートの設定が高い、すなわち、いいところでいいものを拾っている、と思った、という。

 そこで、「それだと一首の回収が難しくなるよね」みたいなことを言ったら、寺井龍哉に、「そういう批評は今はいかがなものか」というニュアンスで返され、それを受けて、アイロニカルに穂村自身が「そうか、基本的歌権の尊重なんだ」と言ったというのが、ことの顛末だ。(「歌壇」2018.10佐佐木定綱による穂村弘のインタビューを参照)

 で、何を言っているのかというと、あくまでも穂村は<リアリティ>という従来の評価軸で、「レートの設定が高い」とか「一首として回収が難しい」という言い回しで、いいところでいいものを拾っている(「レートの設定を高くする」)と一首にリアリティが担保できない(「回収がむずかしい」)、と言っているのに対し、寺井は、今はそういう批評はどうですかね、と言っているわけである。

 結果、この「基本的歌権」については、多様な論点で議論されたのだが、穂村のはじまりの発言<レート設定>に関する論点について、つまり従来の<リアリティ>という評価軸で作品を批評することの妥当性については、あまり深まらなかったのではないか。

 ただ、今後も、こうした短歌の<リアリティ>についての議論は、言葉のニュアンスを変えながらも論点として提出されていくだろう。そして、議論する中で、「近代短歌」の総括というか、「近代短歌」でくくられる明治から現在までの短歌史がその都度上書きされていくのだろうと思う。