雑誌掲載原稿

柊明日香『そして、春』書評

温かい歌集である。読むと、胸の深いところからほーっとする気持ちになる。それは、なによりも著者である柊明日香の人柄なのだろうと思う。短歌は、何を題材にしてもどんな風に歌っても許されるけど、やっぱり温かい人柄の歌人が紡ぐ温かい歌は、読者を幸せ…

リスペクト・ブックス

『月とマザーグース』松川洋子(2012年、本阿弥書店) 今年めでたく卒寿を迎えた松川洋子の第六歌集。人生の先達に相応しい味わい深い作品のなかに、キャリアを感じさせないお茶目な歌がはさまれていて、びっくりします。老いてなお溢れる彼女の瑞々しい…

「短歌人」4月号ベスト3

ずり下がるライダーベルト押さへつつ正義のための飛び蹴りをせり 河村奈美江 「正義」の歌である。こうした大きな言葉を歌にするのは、たいへん難しい。正面からうたおうとすると、どうしても気負いすぎて、歌にならずに安っぽいアジテーションになってしま…

ふるき日本の自壊自滅しゆくすがたを眼の前にして生きるしるしあり(土岐善麿)

敗戦直後の歌である。土岐は、それまでの体制や思想を「ふるき日本」といい、それが自壊自滅してゆく様を眼の前にする。しかし、結句で「生けるしるしあり」と詠う。これは万葉歌(「御民われ生ける験あり…」)からひいてきているのであるが、ここの鑑賞が、…

大正のマッチのラベルかなしいぞ球に乗る象日の丸をもつ(岡部桂一郎)

なぜ、作者はマッチのラベルをみて「かなしいぞ」と思ったのか。 そもそも、私は歌にあるマッチ箱がどんなものか知らない。もちろん今の時代、ネットで画像検索すれば、たちどころに日の丸を持った象の絵柄がディスプレイに映る。なので、作者のうたうマッチ…

うづくまるわが片頬に光さし自負の心のたかまらむとす(三國玲子)

作者はうずくまっている。なぜ、うずくまっているのかは、わからない。わからないけれど、うずくまっているというのだから、体をまるくしてしゃがみこんでいる。そして、おそらくはしばらくの間、そのままでいたのであろう。そこに、光が差してきた。光が朝…

イマココ短歌

イマココの短歌が好きです。 例えば、永井祐『日本の中でたのしく暮らす』のこの歌に、私はイマココを感じます。 わたしは別におしゃれではなく写メールで地元を撮ったりして暮らしてる 永井祐 なんといっても「写メール」です。もう「写メール」なんて言わ…

いらぬお節介

もう十五年も昔になるけど、一年だけ中学校で国語を教えたことがある。学校の事情で国語教師が足らなくて、若造の社会科教師だった私を、適当にあてがえたということ。当時の国語教科書には、与謝野晶子の『みだれ髪』から、この歌が載っていた。 なにとなく…

栗木京子『水仙の章』(砂子屋書房)を読む

短歌は「機会詩」としての側面を持つ。 他の文芸と比べても、短歌は社会事象にコミットしやすい詩形であろうし、私たちが社会事象から受けた心象を、詩へと昇華することについても、比較的容易にこなせる詩形といえよう。 角川「短歌」は、東日本大震災から…

『春の輪』 髙橋みずほ歌集

『春の輪』 髙橋みずほ歌集 宮城で生まれ育った作者の、幼少期の郷里をうたった第五歌集。作者と同世代であればなおのこと、そこかしこに溢れる懐かしい情景に、ひととき浸ることができよう。 豆電球に傘をつけ円卓囲むおだやかな振り子の刻み 缶蹴りの缶け…

『深層との対話』 川本千栄評論集

『深層との対話』 川本千栄評論集 著者の第一評論集。二〇〇一年からの一〇年間に書いたものより一八編を選ぶ。二章構成で、一章が「短歌にとっての近代とは」のタイトルで九編。近代という大きなくくりながら、中心となっているのは戦時詠。山崎方代、前田…

『瞑鳥記』 伊藤一彦歌集

『瞑鳥記』 伊藤一彦歌集 伊藤一彦の第一歌集が、現代短歌社の第一歌集文庫シリーズよりこの度復刊された。反措定出版局によって一九七四年に出版された「瞑鳥記」一九五首ならびに福島泰樹による濃厚な解説もそのまま再掲。さらに、今回の復刊にあたっては…

『夏にふれる』 野口あや子歌集

『夏にふれる』 野口あや子歌集 作者の第二歌集。二〇歳から二四歳まで、大学生活四年間の歌約八〇〇首を収める。ほぼ時系列で作品が編まれており、作者四年間のポートレイトの趣。 銀紙をなくしてガムを噛むように思春期が香らなくなるまでを 映画サークル…