ふるき日本の自壊自滅しゆくすがたを眼の前にして生きるしるしあり(土岐善麿)

  敗戦直後の歌である。土岐は、それまでの体制や思想を「ふるき日本」といい、それが自壊自滅してゆく様を眼の前にする。しかし、結句で「生けるしるしあり」と詠う。これは万葉歌(「御民われ生ける験あり…」)からひいてきているのであるが、ここの鑑賞が、今の時代からすると、ちょいと厄介だ。

 この土岐のひいた万葉歌は、天皇賛美の歌である。戦時中は、教科書に載り子どもが唱和していたというから、メジャーな歌であったろう。では、この万葉歌を戦意高揚の換喩とするなら、土岐は皇国日本の国体が自壊してゆくことへのアイロニーとしてひいたのか。

 いや、私はそうは読まない。敗戦直後、土岐にして国体の存続は自明であった。皇国日本の国体への疑義が生まれるのは、ずっと後のことだ。土岐は、万葉歌をひくことで連綿と続いてきた国体をおもい、戦後日本のいやさかを願ったのだ。そして、そのような心情は、当時の国民共通であったに違いないと、今に生きる私は思いをはせるのである。

「短歌人」2015年3月号所収