小池光「短歌を考える」を考える②


 前回みてきた、小池の「リズム」の議論は、大枠は「短歌4拍子説」を補完しているに過ぎない、といえるのであるが、7音節の議論の部分に、新しい論点を示している。
 短歌で言うと2句4句5句が7音節であるが、前回の議論のなかで小池は、

マツモトキヨシに」は字余りではないが、
「キヨシマツモトに」は字余りである。

 と断言していた。
 この点について、私は「強弱2拍子説」で読めば「キヨシマツモトに」も(小池の主張する)字余りにはならない、と主張したが、それはともかく、小池は、この「マツモトキヨシ」「キヨシマツモト」の語順について、さらに突っ込んだ議論を行っている。
 すなわち、3音4音で分けるか、4音3音で分けるか、という議論だ。
 では、その部分をみてみよう。
 小池は、江戸末期の瓦版売りの口上を紹介して、次のように言う。

 

江戸末期の瓦版売りは誌面記事のサワリのようなところを口上に歌いながら売っていた。これを「読売」といい、一首の定型韻文である。(中略)
 弘化二年(1845年)青山に大火があった。このときの「読売」が記録されている。こんな具合である。

 所申さば    青山辺
ちょっと粗相で 大火と成って
然もその日が  大吹きあらし
焼ける火の下  家数も知れる
あわれなるかや 其夜の騒ぎ

(中略)完全な七音で、7,7,7,7…と続いてゆく。まこと調子がよい。7音の連続では単調になりそうだが、そうではなくてリズムに変化があり、耳障りがいい。
 どうして変化を感ずるかというと、(中略)子細に見ると、驚くべきことに四十数行が一行の例外もなく完璧にこのリズムに乗っている。7,7,7,7…、は外見で実は3・4、4・3、3・4、4・3…が「読売」のリズムなのである。

 

小池光「短歌を考える」2(「短歌研究」2007年5月号)

 

 小池は、「読売」の口上の7音節が3音4音と4音3音の組合せになっていることを発見する。つまり、「トコロ・モーサバ アオヤマ・ヘンニ」という感じで、3音4音、4音3音のリズムが延々と続くということを発見したのだ。
 そして、このリズムは「まことに調子がよい」とする。
 さらに、小池は、この調子がよい理由を次のように推論する。
 小池は、言う。

 

 このとき3443のリズムとはどういうものか。
(中略)●を休止符とすると「トコ・ロ●・モウ・サバ・アオ・ヤマ・ヘン・ニ●」「チョッ・ト●・ソソ・ウデ・タイ・カト・ナッ・テ●」とリズムを刻む。(中略)
 また、「所申さば 青山辺に」をワンセンテンスとすると「ヘン・ニ●」であるからセンテンスの終わりが必ず休止符となり、ここで息継ぎすればいいから、センテンスの終わりすなわち意味の終わりと息継ぎの場所がことごとく合致する。とても自然に読める。この自然さが「調子がいい」ことの理由である。
 7を3と4に分けるとしても、4・3、4・3、4・3、4・3…ないし3・4、3・4、3・4、3・4…と繰り返したのでは、単調になってメリハリを失い、続かない。
 それでは、4・3、3・4、4・3、3・4…ならまたいいように思うかもしれないが、これはまた駄目である。(中略)
 なぜ4334の連続が読みにくいか。

 

小池「前掲」

 

 と、読者に問いを投げる。
 そして、先ほどの「読売」を一行ずらして「青山辺に ちょっと粗相で」という感じで書き直し、4334が読みにくいことを確認する。
 そのうえで、4334がダメで、3443が良い理由を次のように述べる。

 小池は言う。


  なぜ4334の連続が読みにくいか。 
「アオヤマ ヘンニ●チョット ソソウデ」
「タイカト ナッテ●シカモ ソノヒガ」
 と繋がるべき二文の中央に休止が来てしまう。一まとまりになるべきところのド真ん中で空きが生じてしまうのが理由の一。
 そして逆に「ソソウデ」の後に休止がない。息継ぎしたいところで息が継げない。これが理由の二つ。(中略)7音句を連続させるとき、調子がよくかつメリハリの効いた唯一のリズムが3443であり、読売はそこに成立している。

 

小池「前掲」

 

 どうだろう。 
 実に分かりやすく、3443が良い理由を説明していよう。
 さらに、小池は、この自説を補強する形で、都々逸を例に持ち出して、3443音のリズムの良さを説明する。
 小池は言う。

 

 都々逸は7775という形式を持つ。

 梅と柳で     むすんだなりを
 風がじゃまして  遠ざかる

 夕べ花月の   あの宴会は
 たしか出雲の  ひきあわせ

 というようなものが都々逸である。(中略)
 7の中身を見るとなんでもいいのでなく読売同様みな3443になっている。

 

小池「前掲」


 そういうわけで、結論として、7音節(小池の言葉いうと7音句)が連続するときは、3443に分けられる場合に「調べ」が良い、というのが小池の説である。
 当然、短歌の下句は七七で七音節が連続する。
 さあ、ではほんとかどうか、次回、実際に短歌で検討してみることにしよう。