今回は初句6音の検討からはじめる。
半年前雪が積もった 半年前人にもらったUSBだ
永井祐『広い世界と2や8や7』
日曜から土曜にわたる階段で僕は平たいアメーバになる
この2首は、初句を4音2音に分けることができる。そして、強弱2拍子で読み下すなら、1首目は「はんとしまえ・・」として、強拍が「は」で弱拍が「ま」の2拍子だ。同様に、2首目の初句は、「にちようから・・」で、強拍が「に」、弱拍が「か」の2拍子となる。これら初句6音は、定型5音の休拍1コ分が1音節になった、ととらえればいいので強弱2拍子のリズムは、初句5音のときと変わらない、と、いえる。つまり、<調べ>は崩れていない。
しかし、初句6音が4音2音ではなく、2音4音になると、これは<調べ>が崩れる。
泣く機能がないひとなのか朧夜をかくも奇妙なこゑあげて行く
荻原裕幸『リリカル・アンドロイド』
黒ぶだうの黒さを剝いてふかしぎなにごりを口にする朝の妻
雨ふたたび降りはじめれば七月の傘おもむろに咲いてゆく街
これらの作品は、6音すべて1拍におさめる感じで読まないとリズムはつくれない。
すなわち、1首目なら「なくきのうが」を1拍におさめる。6連符のようにして畳みかけるようにして読む。そして、2拍目をまるまる休符にしないと、<調べ>がとれない。あるいは、「なくきのう」を5連符にして1拍につめこんで、2拍目を「が・・・」ととるようにする。ただし、6連符だろうが、5連符だろうが、読み下せばわかるが、拍節感に大きな違いはないので、ここは、どっちでもいい。いずれにせよ、初句5音の通常の強弱2拍子の拍節では読み下せない、という確認ができればいい。そして、通常の強弱2拍子の拍節に音節を嵌めて読み下せない以上、<調べ>が崩れている、といえる。
ただし、3首目なんかは、崩れているのだけど、初句と4句のリズムに統一感があって、面白い<調べ>となっていることは、補足しておきたい。
さて、初句6音のバリエーションには、もうひとつ、3音3音に分ける型もある。
獏になつた夢から覚めてあのひとの夢の舌ざはりがのこる春
荻原裕幸『同』
名古屋駅の地下街はすべて迷路にて行方不明者ばかり三月
父に頬を打たれるやうな懐かしい痛みのなかに咲いてゐる梅
これら3首は、初句6音で3音3音に分けることのできるものである。この場合は、先ほどの2音4音の分解と同じく、1拍に6音をいれて一息に読む。つまり、6連符のように読む。しかし、2音4音と比べて、3音3音は3連符が2つ並んだリズムを感じることができないだろうか。この3連符のリズムを感じとることができれば、3音3音分割で生まれる独特の<調べ>の面白さが理解できると思われる。
これは、3句6音でも同様だ。
かつて、このBlogで3句6音の6連符の読み下し方を、次のように説明していた。
引用開始
うらうらに照れる春日に雲雀上がり心悲しもひとりし思へば
清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき
与謝野晶子『みだれ髪』
2首とも、3句目に注目しよう。どちらも6音節「ヒバリアガリ」「サクラヅキヨ」となっている。
より細かくみるならば、「ヒバリ/アガリ」「サクラ/ヅキヨ」と3音3音に分かれている。
こうした3音3音になっているいわゆる字余りの3句のリズムは4拍子説だと拍節がとれない。なので、これは例外として扱われる。
では、私たちは、この3音3音になっている3句目をどうやって読み下しているだろう。
というか、そもそも3音3音になっているのだから、そうやって3音3音で区切って読んでいるに違いないのだ。つまり、「ヒバリアガリ」なら、「ヒバリ アガリ」と区切っている。
そのように区切ると、一首全体のなかでこの3句がどんなリズムになるかというと、3連符が2つ並んだ感じになる。ここが3句3音3音字余りのリズムの面白さなのだ。
その面白さを説明するには、「短歌のリズムは強弱2拍子の等時拍である」という定義に基づく「短歌強弱2拍子説」がとても都合がいい。
すなわち、この作品は、こんな感じで読み下される。
ウラウラニ・・・/テレル・ハルヒニ/ヒバリアガリ・・・/ココロ・カナシモ/ヒトリシオモエバ/
2句目と4句目のアタマはオフビートで入ってもいいというのは、前回議論した通りだ。今回は、オンビートで入れて、3音節が終わったところで休符をいれてみた。また結句は、8音節なので、休符なしとなっている。
では、注目の3句目をみてみよう。ここのところは、「ヒバリアガリ」の「ヒバリアガ」を5連符として1拍で読んで「リ」を2拍目アタマと読むのが正確な2拍子の等時拍になろう。けれど、読めばわかるが、「ヒバリアガ」の5連符で読もうと、ひといきに「ヒバリアガリ」と6連符で読み下そうと、さほどリズムの違いはない。3音3音のつながりだから、普通に読めば3連符が2つ並んだように読めるのだ。
私は昔から、この3句3音3音の6音節の3連符読みの面白さをどうやったら説明できるかと、ずっと思案していたのだけど、今回、「強弱2拍子説」ですんなり説明ができて、とてもすっきりしているところである。
引用終了
つまり、初句と3句の定型5音のところは、6音でも<調べ>は崩れないというのが、筆者の主張である。
さて、話を初句増音にもどそう。
初句7音、初句6音とみて、残るは初句8音となった。
初句8音も、等時拍強弱2拍子説であれば、許容できる音節、となっている。
ただし、それは、4音4音分割に限る。それ以外は、<調べ>は崩れる。
初句増音の作品の多い荻原裕幸『リリカルアンドロイド』にも初句8音はある。
昨日のわたしが今のわたしを遠ざかる音としてこの春風を聴く
サンダーバードの書体で3と記された三階のかたすみは朧に
スマホの奥では秋草の咲く音がする結局そこもいま秋なのか
これらはすべて4音4音分割の初句8音である。一応、音節であらわすと、句跨りのない三首目を例に上げると、以下のようになる。
「すまほのおくでは/あきくさのさく・/おとがする・・・/けっきょくそこも・/いまあきなのか・」
初句「す」を強拍で「お」を弱拍で読み下せば、<調べ>が崩れずに2句以降へと読み下せるのが確認できる。
そういうわけで、ここまでのところをまとめておく。
強弱2拍子説の<調べ>の検証であった。
初句であれば、8音までなら<調べ>は崩れないという仮説をたてて、検証した。
結果、
・初句8音なら、4音4音分割なら<調べ>は崩れない。それ以外は崩れる。
・初句7音なら、3音4音、4音3音なら<調べ>は崩れない。それ以外は崩れる。
・初句6音なら、4音2音なら<調べ>は崩れない。また、3音3音なら、1拍を3連符でとれるので<調べ>は崩れない。それ以外は崩れる。
次回に、続く。