「かぎろひ」連載原稿

穂村弘『水中翼船炎上中』を読む4

穂村弘『水中翼船炎上中』には、注目すべき社会詠が散見される。ここを評しておかないと、この歌集を読み解いたことにはならないであろう。 有名な一首。 電車のなかでもセックスをせよ戦争へゆくのはきっと君たちだから この作品は主題を上句とするか下句と…

穂村弘『水中翼船炎上中』を読む3

穂村弘の新歌集『水中翼船炎上中』を引き続き見ていこう。 この歌集には、母の死を詠った一連「火星探検」がある。集中の白眉といってもいいだろう。いわゆる挽歌といえるのだが、では、現代短歌の挽歌を読み解いていこう。 月光がお菓子を照らすおかあさん…

穂村弘『水中翼船炎上中』を読む2

前回、穂村弘の新歌集『水中翼船炎上中』を取り上げたが、せっかくなので、もうしばらくこの歌集を読み解くことにしよう。この歌集の構成は、現在から、少年時代の回想へ向かい、青年期へ行き、母の死をむかえ、再び現在に戻るという構成になっている。少年…

穂村弘『水中翼船炎上中』を読む1

前回までの議論を、とりあえずまとめる。 穂村弘の作品には、現代的な素材で抒情させようという作品が一定数あり、読者は、その作品でうまく抒情できれば「わかる」し、抒情できなければ「わかならい」ということになるのではないか、いうことであった。 こ…

「歌のある生活」32「わからない」歌2

穂村弘の初期の代表的な作品から「わからない」とされる歌を見ていこう。第1歌集『シンジケート』より、この作品。 ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんのはじまり 「嘘つきはどらえもんのはじまり」で、はあ?となるが、そこは後で議…

「歌のある生活」31「わからない」歌1

私たちは、しばしば「わからない」歌に出会う。そんな「わからない」歌を「わかる」歌にしよう、そして、できるなら「いい歌だな」と思ってもらえるようにしよう、というのが、ここからしばらくの話題である。 ここで取り上げていく「わからない」歌というの…

「歌のある生活」30「音楽」の歌その17

音楽の歌、「リズム」「メロディ」ときて、今回は「ハーモニー」です。これは、これまでの「リズム」「メロディ」よりも詠うのが格段に難しい。なぜなら、ミミオクでハーモニーを響かせるのは、読者にも作者にもそれなりの音感が必要とされるからです。です…

「歌のある生活」29「音楽」の歌その16

前回の続きです。流行歌の歌詞を一首に挿入した作品を鑑賞します。前回は茂吉を紹介しましたが、今回はグッと最近の作品から。 懐かしのヒーローアニメ主題歌の「♪だけど」の後が沁みる夜更けぞ 笹公人『叙情の奇妙な冒険』 笹公人です。ここでは、「あした…

「歌のある生活」28「音楽」の歌その15

前回の続きです。前回は、「メロディ」を隠喩とした斬新な歌を三首紹介しました。 ただし、石田比呂志も杉﨑恒夫も、その曲を知っていれば、その隠喩の効果がわかりますが、曲を知らなければ、さっぱりこの作品を鑑賞できないという残念さがあります。そこが…

「歌のある生活」27「音楽」の歌その14

今回からは、音楽の歌のなかでも「メロディ」の歌を鑑賞します。 けれど、ひとくちに「メロディ」の歌といっても、いくつかの種類に分けることができますので、ちょっと整理しながら見ていくことにしましょう。 まずは、一首を読むと、頭の中にメロディが思…

「歌のある生活」26「音楽」の歌その13

前回の続きです。永井陽子のこの歌の鑑賞をします。 べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊 永井は、鼓笛隊の行進のリズムを詠いたかったのでした。大太鼓や小太鼓が打つタンタンタンという二拍子のリズムをどうにかして短歌にしたかっ…

「歌のある生活」25「音楽」の歌その12

かれこれ二年間にわたって、音楽を題材にした短歌についてあれこれとおしゃべりをしてきましたが、そろそろ本題(!)に入りたいと思います。 音楽を題材にするのであれば、一首から音楽が聴こえるべきである、というのがここでの私の主張です。いうなれば、…

「歌のある生活」24「音楽」の歌その11

ポピュラー音楽についての二回目です。ポピュラー音楽というのは、クラシック音楽と比べて、音楽そのものを詠うのが難しい。なぜなら、その音楽を知らなくちゃあ読者は共感しようがないからだ。そこで、どうしても社会風俗を主題にして、そのモチーフとして…

「歌のある生活」23「音楽」の歌その10

音楽を題材にした短歌についておしゃべりしていますが、これまではクラシック音楽ばかりを取り上げてきました。けれど、短歌に詠われている音楽は何もクラシックばかりではなく、邦楽や洋楽の流行歌いわゆるポピュラー音楽も当然ながらありましょう。そこで…

「歌のある生活」22「音楽」の歌その9

前回の続きです。塚本の歌をもう一首とりあげましょう。 春雪にこごえし鳥らこゑあはす逝ける皇女のためのパヴァーヌ 塚本邦雄『水葬物語』 フランスの作曲家ラヴェルの小品が詠われています。下句の「逝ける皇女のためのパヴァーヌ」です。ただし、邦題は「…

「歌のある生活」21「音楽」の歌その8

前々回、前回と「その音楽を知っていてもいいけれど、知らなくても鑑賞できる作品」を皆さんと鑑賞していますが、今回からは、そのなかから「意味」を楽しむ歌を取り上げます。「意味」を楽しむとはどういうことか。理屈はあとにして、まずは作品を鑑賞する…

「歌のある生活」20「音楽」の歌その7

前回の続きです。「音(おん)を楽しむ歌」の二回目です。音楽を題材にした作品のなかで、「その音楽を知っていてもいいけれど、知らなくても鑑賞できる作品」というのがありますよ、という話でした。 プロコフィエフの音符を咽喉につまらせた感じだらうか三…

「歌のある生活」19「音楽」の歌その6

今回からは、音楽を題材にした歌のなかで、「その音楽を知っていてもいいけれど、知らなくても鑑賞できる歌」と、いう作品群をみていきます。 これらは、二つの種類に分かれます。 「音(おん)を楽しむ歌」と、「意味を楽しむ歌」の二種類です。 と、いって…

「歌のある生活」18「音楽」の歌その5

前回、小池光を悪く言いましたので、今回は、こんな素敵な作品を紹介しましょう。 サミュエル・バーバー「弦楽のためのアダージォ」七分の間(ま)の虹きえるまで 小池光『時のめぐりに』 アメリカの作曲家バーバーの代表作「弦楽のためのアダージォ」の切ない…

歌のある生活17 音楽の歌その4

今回は、音楽を題材にした短歌作品のなかで、私が問題アリと思う歌を取り上げます。 中国の不死の男が街娼を愛する話 夏の楽譜に 「本郷短歌」第四号 服部恵典 一読、何のこっちゃ、という感想の人が大半じゃないでしょうか。 これはバルトークのバレエ音楽…

「歌のある生活」16「音楽」の歌その3

前回は、問いを投げたところで終わりました。「音楽」が鳴る歌は、バッハやモーツァルトでは作りやすいけれども、他の作曲家では難しい。それはなぜでしょう、という問いでした。 さて、なぜでしょう。 まず、単純な理由として、字数の問題があります。バッ…

「歌のある生活」15「音楽」の歌その2

「音楽」を題材にした歌についてのおしゃべりの二回目です。 「音楽」を題材にして作歌する以上、その作品には「音楽」が鳴っているべきである、というのが、私の主張です。 前回は、近藤芳美の作品をあげました。「たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわ…

「歌のある生活」14ある状況を歌にする

今回は、いきなりクイズからはじめましょう。次にあげる二首は、どちらも同じ「ある状況」を歌にしています。さて、どのような状況を詠んだものでしょうか。 電車ならまだあるだろう特製のベーコンエッグ食べに来ないか 新名リオ 痛みあれ 右手のひらが持つ…

「歌のある生活」13「音楽」の歌その1

音楽をうたった歌に出会うことがあります。 有名なところではこんな歌です。 たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき 近藤芳美 この歌、一般的に名歌ということになっています。たとえば、永田和宏はその著「現代秀歌」(岩波新書)で、巻頭歌と…

「歌のある生活」12子どもが詠んだ歌

先日、学校の先生方の研修会で、短歌についてお喋りをする機会があった。研修会といっても参加者は十人程度の小さいもので、国語科授業の韻文学習の研修というのが会の目的であった。この研修会、実は私の昔の仲間の企画で、そういえば元教員の桑原が、最近…

「歌のある生活」国語教科書のなかの歌⑦

前回まで、教科書のなかの歌を皆さんと見てきました。今回は、その番外編といった感じで、私の教科書の思い出について、おしゃべりしたいと思います。 私が中学生だったとき、教科書でこの作品に出会いました。 みちのくの母のいのちを一目見む一目見むとぞ…

「歌のある生活」国語教科書のなかの歌⑥

さて、国語教科書に載っている短歌の紹介も今回で最後です。とうとう残り三首になりました。近代から現代へ、現役の歌人の作品も登場してきています。さあ、誰のどんな作品を中学生に紹介しましょう。 白き霧ながるる夜の草の園に自転車はほそきつばさ濡れた…

「歌のある生活」9国語教科書のなかの歌⑤

中学校の教科書に載っている短歌作品を紹介しています。 中学生向けだからといって、平易な歌ばかりではありません。近代から現代にうつるにつれて、理解が難しい作品も登場するようになります。大人が鑑賞するにも、かなり歯ごたえがあると思われる作品を読…

「歌のある生活」8国語教科書のなかの歌④

中学校の国語教科書に載っている短歌作品を紹介していますが、いよいよ近代短歌のスーパースター石川啄木の登場です。 不来方のお城の草に寝ころびて/空に吸はれし/十五の心 石川啄木 啄木を中学生に紹介するなら、この一首で決まりでしょう。 一読、かっ…

「歌のある生活」7国語教科書のなかの歌③

中学校国語教科書に取り上げられている短歌作品の話題です。 最近の教科書の多くは、はじめに短歌入門として歌人のエッセイがあって、短歌というのはこんな感じの文芸なのですよ、と映画でいえば予告編のようなものを読んでから、本編である短歌の鑑賞にはい…